long6-24

まだ、春だった。

見上げればいつの間にか青葉が茂り、全てを埋め尽くさんばかりだったあの色は幻のように消し去られて、力強い命を見せつけられる季節。・・・ただ、それでも下を見れば、視界のどこかに残された春を、その花弁を見つける季節だった。
終わりの、春。
去り往くものに興味はないとばかりに誰もが残された春に気づきもせず、気づかないからこそ、踏みつけることも避けることもせずに通り過ぎるだけの残骸を、価値を考えるに値するほどの価値すらも見つけてもらえない欠片を──それでも一枚一枚、見つけては拾い上げるように視界に収めていく後姿を、どれほどかけがえなく想っているのか。想いの丈を計ることは、既に出来なくなっている。
どれほど丁寧に重ねたとしても、言葉で理由の全てを説明することはもう、叶わない。

「ほら、あそこ・・・まだあんなに残ってる」
「おー・・・結構あるなぁ。でも、もっと、あれだけあったのに、残りは何処行ったって感じがしなくもない?」
「ゴミ箱だろ」
「・・・もう少し情緒を持った言い方しろよ」
「情緒ってなんだよ? 現実を見ろ、現実を」
「俺達の記念の花でもあるんだぞー、現実より思い出を大事にしろって」
「家出記念?」
「そうそう」

零れてくる、秘めやかな笑い声。同時に寄越される、もの言いたげな眼差し。・・・けれど、もの言いたげなだけで、実際には何も語られない。それを、知っている。もう、知っている。
閉ざされた口に信頼があり、語られない言葉にこそ美しさが秘められている。何も語らぬ、花の美しさのように。

「なんかさー・・・条件反射なのかな、桜が咲くとまたどっか行っちゃいたくならん?」
「なるなる。特に学校にいるとなー・・・こんなとこから出て行きたくなる」
「うん、なるよねー・・・でも、出て行っても絶対、戻って来るよね、この中に」
「だよな。絶対、ここだよな」

前を向いて、ゆっくり歩きながら下される断言は、考えるまでもなく、かつて一度は出て行ったのに、ここと同じ、学校という囲いの中に戻ってきた時のことを思い出してのもので、分かっているからこそ、込み上げそうになる笑みを抑えるのが一苦労だった。
思い出す、かつてここと同じ場所で、出て行ったものをずっと待っていた時のことを。待っていている自分の前に、戻ってきてくれた時の喜び、そして喜びなんて単純な思いだけでは済まされない光景。
散り続ける花、積み重なり埋もれていく花弁、終わり続けるからこそ終わらない永遠の美しさ、そんな──

儚いほどの圧倒さに似た、彼らの姿。
 
他の誰もが、気づこうともしないで踏みつけて、強引に変化を齎そうとしてくるのに抵抗する彼ら。永遠を、夢見続けている彼ら。夢から醒める術を、捨てていこうと願っている彼ら。
そんな彼らを見つめ続ける為なら、どんなことでも・・・と、想ったことをまた、思い出す。
誰もが気づかず捨てていく、かつては美しかったもの。それを今も尚、美しいと主張して拾い集めていく彼らの姿を、踏みつけて歩く者達はきっと理解しないし、させたくもない。
そしてだからこそこの中だけはと、胸に立てた決意は、それこそ永遠に等しくて。

「・・・悪いけど、仕方ないから」

振り返る、二人。首を傾げてもう一度と、聞き取れなかったらしい言葉を請われたけれど、緩やかにそれを避け、代わりに、一歩だけ近づいて。
止まっている足を前へと促しながら、近づいても維持する位置で、視界の隅に在る、やがては土に還る春の名残へ微笑みかける。土に還り、この、囲いの中の一部として永遠の一部になる、栄誉あるものへ。
そう思わずにはいられない、この、心の在り処。

まだ、春、だった。

幾ら強く願っても、幾ら切実に忌避しても訪れる、終われない己の心を直視させられる、避けがたい季節だった。