春、だった。
満開の桜、あとは散っていくだけの絶望の下を、そうとは知らずに歩く人々は皆、何故か示し合わせたかのように堕ちた欠片を避けて足を踏み出す。避けながらも、避けきれずに踏みつけて、避けきれないと知りながら諦めきれずに、また避けて。
痛みを知らないアスファルト、敷き詰められた花弁。
いずれは消え失せる無数の花弁、その一枚の形を記憶に留める者はいないのに、折り重なる無数の形を視界に入れない者もいない。それだけが、彼らの力。
この瞬間だけの為に咲き誇る、命の力。
それ、なのに。それ、だからこそ。
はっきりと憶えている。そこだけが写真のように切り取られ、色褪せることはあっても映った事実を消し去ることは出来ないほど、鮮明に。映った相手からは見えなくとも、見つめる人間にとってみれば、視界から締め出すことは不可能。
散り往く桜。敷き詰められた花弁。歩く、その他で括られる誰か。そんな・・・、
──圧倒的な儚さの中で、彼らを見つけた。
皆が無意識に避ける花弁を、一欠けらも意識の端に乗せることなく、踏みつけて歩む彼らを。
足元で汚く磨り潰される花弁に気づかない強さを感じたから・・・気に、なった。気にせずには、いられなかった。暴力的に視界に飛び込んでくる強さを、視線を掴む強さを感じたから。
それは忌避しがたい、予感にも似て。
誰も知らない、予感を感じたその身ですら、あの時には知らなかったのかもしれない。でも、今となっては・・・。
春、だった。
幾ら強く願っても、幾ら切実に忌避しても訪れる、避けがたい季節だった。