long5-19

「何故・・・、『屑』なのですか?」
「・・・え?」
湧き上がるようにふと零れた問いに、千鳥様は不思議そうな声で問い返してきた。
その瞳に、いくつかの光を映しながら。

『ちょっと、散歩に行こう』

千鳥様がそう提案されたのは、もう外が暗くなり、時計の針が翌日に近くなっていた頃だった。
突然とも思えるその提案にすぐに頷けなかったのは、何もそれが突然だったからではなく、ただ、外を出歩くには遅すぎる時間ではないかと思ったからだった。
少なくとも、千鳥様のような『少女』が出歩くには、遅い時間ではないかと。
だからこそ、窓の外、闇色の空に視線を向けている千鳥様に率直なその気持ちをそのまま伝えてみたのだが・・・、しかし私の言葉が終わるか終わらないかという辺りでこちらを振り返ると、千鳥様は窓の外の夜を背負うようにして、笑顔を浮かべながら仰ったのだ。

「いいんだよ。このくらい遅くないと・・・、会っちゃうもん」

羽織り物に腕を通し、足元に置いてあった小さな鞄を肩に掛けながらそう仰った千鳥様に、誰にですか?、の一言が、何故か口に出来なかった。
少しだけ開いた口の中にその問いは生まれていたけれど、準備が整ったらしい千鳥様が真っ直ぐに向けてこられた瞳の奥に、生まれたばかりの問いが吸い込まれてしまったみたいだった。
「ヤバそうなの見かけたら、教えてね」
「やばそうとは、なんですか?」
「ヤバイ人ってこと」
「・・・ひ、人を・・・、見かけたら、お教えすればいいのですか?」
「うん。どうでもいいのはいいんだけど、ヤバイのがいたら拙いから」
「・・・は、い」
物音を立てないように気をつけて部屋を出られた千鳥様は、同じように気をつけて家からも出られて、その門の前に伸びる道を曲がり角まで走られた。
当然あとに続いた私に、角を曲がるまでは無言だった千鳥様は、曲がった先の道を今度はのんびり歩きながらそう、仰ったのだが、頼み事をしていただいたというのに、『やばそうな』という意味が分からず問い返した私に、特に怒りもせず寛容な声で返していただいた答え。
それなのにまだ完全に千鳥様の仰る事が理解出来ない我が身の不甲斐なさが申し訳なくて、更に重ねた問いは酷く頼りない声になってしまった。尤も、私の声は常に自信のない、頼りないものでしかないけれど。
千鳥様は、そんな私の再び重ねた情けない、鬱陶しい問いすらも、機嫌を損ねる事なく返答を与えて下さった。・・・が、本当に、どうしようもないほど情けない事に、それでも尚、分からなかった私は、ただただ分かったような態度で曖昧な返事をするばかりで。
情けない、恥ずかしい、申し訳ない、抱く気持ちはそればかりで、視線は自然と下を向く。見えるのは土ではない地面と、相変わらず汚らしい自分の足ばかり。けれどそのすぐ傍に並ぶ千鳥様の小さな足が見えるので、俯いて嘆くだけでいるわけにはいかない。
あの時の、ように。
あの時だって今だって、何も出来ない無力で情けない存在である事に代わりはないけれど、今は、立ち尽くすのではなく歩き出す事を知っているのだから。
「ど、ちらに・・・、行かれるのですか?」
『やばそう』という人が分からないままだったので、周辺に人がいるかいないかを気にしながら発した問いは、ほんの少しだけ震えていた。たぶん、緊張の為に。自ら千鳥様に声を掛ける事に、まだ多少の躊躇と気後れを感じるのは、自分のような醜い、神になれていない存在が許可すら頂いていないのに勝手に話しかけて良いのかどうかを迷う所為だった。
あとは・・・、畏れも、ある。話しかけた後の千鳥様の反応が、もし迷惑そうだったらと、そんな、たぶん、自己保身と言われるような畏れ。
外身ばかりではなく、中身まで・・・、

「私はなんて醜いのでしょうか?」
「・・・え? なんなの? いきなり」

深い反省を持って零す呟きに、千鳥様の怪訝そうな声が返る。私を見上げる視線も同じく怪訝そうな色を纏っていて、その色を見て、初めて会話の連続性のなさに気がついた。行き先を尋ねておいて、突然もう分かりきっている自らの醜さを呟いたところで、千鳥様にも何がなんだか分からないに決まっている。
「申し訳ありません! 今、改めて我が身の醜さを噛み締めていたところだったので・・・」
慌てて謝罪すると、千鳥様はいっそう怪訝そうな表情を浮かべながら「それ、今、噛み締めなきゃいけない事?」と半ば独り言のような口調で呟きながら首を傾げた後、なんとお詫びを重ねればいいのか迷っている私がその言葉を重ねるより先に、何故か零れるような笑みでついたった今まで浮かんでいた色を払拭すると・・・、「別に今はいいんじゃない? そんな事、噛み締めなくてもさ。夜なんだし」と仰った。
「夜・・・、ですか?」
「そう。夜でしょ?」
「はい。夜、ですが・・・」
「夜はね、別に、そんなの噛み締めなくてもいいんだよ」
「そう、なのですか?」
「そうなの」
その為の、夜なんだから・・・、と千鳥様は教えてくださった。自信に溢れた、力強い声で。
ただ、『やばそうな』という方がどういう方なのかが分からなかったのと同じように、情けない事に、千鳥様が教えてくださったその事実がどういう理由でそうなのかが、私には良く分からなかった。
何故、夜は私の醜さを思わずに良いのか? いつであろうと、私が醜い事には何の変わりもないのに。分からなかった。ほんの少しも、分からなかった。・・・けれど、千鳥様のお心をこれ以上煩わすことは出来ず、ただ、頷いた。私が無知で愚かなので良く分かっていないというだけで、千鳥様が仰ることは間違いないのだし。
間違いなど、あるわけがないのだし。
千鳥様に並んで進む道は、初めて通る道だった。細い道を、何度も、何度も曲がっていく。あまりに何度も曲がるので、なんだか元の場所まで戻ってしまいそうな気すらしたが、勿論そんな事はなく、曲がった先には新たな道があり、そこを少しだけ進んでまた曲がれば、そこにも知らない、初めての道があった。
こんなに沢山の道が、あまり広くはない場所に詰まっている、その事実に、なんだか少し頭に霞がかったような状態になった。ぐるぐると、どこまでも続くどこかを巡り続けているような、そんな感覚。辿り着くべき場所を失っているのに、尚、歩き続けているような・・・、そんな、気が。
結局のところ、何処に向かっているのでしょうか?・・・、ふと浮かんだ疑問は、一度は抱いたのに、気がつけば失ってしまっていたものだった。歩きながら隣を伺うと、千鳥様の横顔が見える。道々に光の柱が立ち並ぶ為、暗闇が満ちているわけではない。見える千鳥様の横顔は、はっきり分かるほど、楽しげだ。足取りも、気の所為かいつもより軽やかな気がする。
楽しげな、気がする。

──それなら、きっと良い事です。

何処に向かっているのかも、いつまでこの散歩が続くのかも、どうして夜なのかも、きっと全てが瑣末な事。千鳥様が、楽しげなら。私が愚かで醜いということが瑣末になることは有り得ないけれど、それでも今は、千鳥様が楽しそうにしてくださっているのなら、それだけで他の全てが瑣末になるのだと思った。
心が、浮き立つほどに。ずっと、こうであってほしいと思うほどに。
隣を歩く事ぐらいなら、私にも出来る事だから。
「楽しそうだね」
聞こえてきた声がどなたのものなのかはすぐに分かったのに、仰られている意味が暫し分からなかった。楽しそう、それは今、私が思っていたことだったのに、まるでその心の声が漏れ出てきたかのような言葉だったから、それが千鳥様の声で聞こえるから、分からなくなってしまって。
足が、止まっていた。私の足が止まっていたのか、千鳥様の足が先に止まっていたのか。ただ、ふと気がつくと千鳥様と並んで立ち止まっていて、私の顔は千鳥様の方へ向いていた。千鳥様は私を見上げていて、じっと見つめてくる瞳は道に立っている光を反射して、今にもその光が地面に零れ落ちそうな気がした。たぶん、『きらきら』と。
「私が・・・、楽しそう、ですか?」
「うん。そんな感じ。たぶんね」
「たぶん、ですか」
「そう、たぶん」
そう言った千鳥様は、なんだかとても楽しげに見えたけれど、ご自身のことは何も仰られていないから・・・、もしかすると、私が『楽しそう』なので、そう見えるのかもしれない。ただ、何故、楽しそうに見えるのかが分からない。楽しい、のだろうか? 楽しい、ことがあったのだろうか?
「行こう」
再び歩き出す千鳥様は、一歩目を踏み出したところで私にそう、声を掛けてくださる。その声に、ふと気がつく。何故気がつかなかったのかと思うほど、それは当たり前のことだったのに。

きっと、『声を掛けていただける』、それこそが嬉しくて、楽しい。

こんなに嬉しくて楽しい時が訪れるなんて、あの時には思い描く事なんて出来なかった。その頃から、まだあまり多くの月日が経ったわけではないのに・・・、思い起こすと、少し不思議な気持ちになる。
足を動かしながら僅かに伏せた瞼の裏に、その気持ちに該当しそうな言葉を探すと、いくつかの単語が通り過ぎた後、現れたそれに気持ちがもっと強くなる。初めて見つけた単語は『懐かしさ』という形をしていた。

──ここ、だよねぇ。

見つけた『懐かしさ』という単語が引き寄せてきたのはあの場所で、瞼の裏に単語とともに浮かんでいたそれが目を開いた先にもあることに、足が勝手に止まるほど驚いた。同時に聞こえてきた声も、声のようには聞こえなくて。また、私の中から浮かび上がってきた声が、何故か外から聞こえているような、そんな・・・、『錯覚』。
何処に行くのかも分からずに、ただ千鳥様について歩いていただけだったので、あの場所に着いていたなんて全く気がつかなかった。あの、千鳥様に声を掛けていただいた場所に。
足は、何かに引っ掛かったかのように再び止まりそうになった。けれど千鳥様が先を歩いていかれるので、引き寄せられるように後を着いて行く。『公園』の中は暗く、ところどころ明るい柱が立っているが、他には誰も立っていない。あの時と変わらぬ様子を見せていた。
変わらぬ様子なのに、どこか変わった様子を見せていた。
どこがどう変わっているのかは分からないけれど、ただ、少しだけ明るくなっている気がした。『街灯』が増えたのかもしれない。もしくは・・・、千鳥様の後を、追っているからかもしれない。そこまで考えて、ふと思う。もしもあの時、千鳥様に連れられてこの公園を後にしたあの時、ほんの少しでも振り返っていたのなら、この場所は今と同じくらい、明るかったのだろうかと。
「座ろう」
「・・・あ、はいっ」
ぼんやりと、そんな諸々を考えていた所為だろうか。千鳥様が歩くのを止められ、公園内の椅子に座られたことに気がつかなかった。目の前からいなくなり、代わりに斜め前の椅子に座られた千鳥様は、その隣に私の座る場所を空けておいてくださる。私は千鳥様に誘われるまま、椅子に座った千鳥様の前に立つ。
あの時とは逆。
・・・そう思った途端にまた、胸に何かが浮かび上がってきそうになる。何か、とても大きなもの。強い形があるのに、どんな形かと問われると答えられないような、何か。でもその何かに突き動かされるように、止まっていた足は再び動き出して、身体は千鳥様が空けてくださった場所へと向かう。
座って、自然と顔が向いた前方には、あの木がある。ずっと、立ち尽くしていた場所。あの場所は、とても暗かった。今も、あの時も暗かった。この場所とは、違って。
見上げると、すぐ傍には街灯。少しだけ黄色い光も、あの時と同じはずなのに、あの時より白く、明るい気がした。その分だけ、夜が遠ざかっている・・・、そんな気もする。遠い、夜空。
「あんまりないね、やっぱり」光と遠ざかっている夜空を見上げていると、隣で千鳥様が突然、独り言のように呟いた。何も返事が出来ないほど、突然。
何も言えないまま、仰向けていた顔を横に向けると、まるでほんの少し前までの私のように、千鳥様の視線は上へ向いていた。あの、遠ざかっている夜空へ。「千鳥様?」そっと声を掛ける。すると何故か見開かれた瞳がこちらに向けられた。驚いていらっしゃる? でも、驚くようなことが何処に?
「千鳥様?」
もう一度、そっと掛けた声に千鳥様は数回、瞬きをして、それから・・・、ふと、笑われた。微笑まれたのかもしれない。その笑みの理由は、未熟な私では察することが出来ない。
「山とかにでも行かないかぎり、ちょっとしか見えないよねぇ」
「はい?」
「星」
「星・・・」
千鳥様の笑みに、言葉に促されるように再び空を見上げると、幾つか、数えられる程度のぼんやりとした明かりが見えた。ぼんやりと丸いだけの、白っぽいというだけの、明かり。傍に佇む街灯の方がよほど明るいと思えるような、明かりに似たもの。
『星』という単語から受ける印象からは、とても遠かった。とても遠い事に、気づいた。今まで空の色を眺める事はあっても、そこに浮かぶものを眺めた事はなかったのだと、同時に知った。私の中の『星』という単語は、もっと強い光を放ち、空一杯に広がっているものなのに。

そう・・・、『星屑を散りばめたような』という表現があったはずのに。

「・・・ほし、くず」
「ん? 星屑? そんなの、それこそ山とかに行かないとないよ。カミサマ、見たいの?」
「あ、いえ・・・、その、『星』という単語を思い描いたら、そんな表現が頭に浮かびまして。あります、よね? そういった表現」
「あるよ。たぶん、ある。よく言うもんね、『星屑』って。そんなん、テレビか写真でしか見たことないけど」
思わず洩らした声に、千鳥様は少しだけ笑いを滲ませた声で応えてくださる。それを嬉しく思いながらも・・・、自身の中に浮かんだまま、いまだ浮いている『星屑』という単語が、微かな疑問を零していくのを感じた。少しだけ、ほんの少しだけの疑問。
千鳥様は、辺りを見渡したり、また空を見上げたり、足元を見たりしていらっしゃって、他には誰もいなくて、だから、そう、だから、通り過ぎることも可能な疑問を、しっかり掴んで聞いてみることにした。

「何故・・・、『屑』なのですか?」
「・・・え?」
「『屑』というのは、『塵』という意味ですよね? それなのに何故『星屑』と言うのでしょう? 星の塵なのですか? それとも、星は塵なのですか? 塵ではない星というのは、その、山とかにあるのですか?」
「あぁ、そういう意味?」

ほんの少しの疑問のつもりだった。それなのに、口に出せばまるで糸で繋がってでもいたかのように、疑問は次々と零れ落ちる。千鳥様は最初、流れ出た問いの意味を分かりかねているようだったが、いくつかの問いを重ねた後、すぐにお分かりになってくださり、それから・・・、少しだけ目を細めると、また上を向かれてしまった。星を、探すように。

『星屑』ではない『星』を探しているのでしょうか?

じっと見つめるその横顔をじっと見つめながら、そんな疑問を持ったけれど、声には出せなかった。空を見上げる千鳥様の横顔が、先ほどとは違って、少し真剣そうに見えたから。だからただ、じっと見つめていると、突然、千鳥様はこちらを振り向き、にっこり微笑まれたかと思うと、ゆっくりと閉ざされていた唇を開かれた。
その動きは、何故かいつかの夜、この場所で見かけた動きと同じように見えて。
「星屑って、星が沢山ある事を言うんだよ」
「それは・・・、知っていますが・・・」
「塵みたいに散らばっているからって事」
「散らばっているものは・・・、塵、なのですか?」
「別にそういうわけじゃないと思うけど、でも・・・、たぶんだけどね、カミサマ」

沢山あるものって、一つの価値が塵みたいになくなっちゃうんだよ。

「だから、沢山散らばっている星は『星屑』なんだよね、きっと。一つずつに価値なんてないの。沢山あるから、一つぐらいなくなっても全然いいから、その一つには価値がないの」
「一つには、価値がない、のですか・・・」
「そう。全部、そう。沢山あるものなんて、一つずつには価値なんてないの」
全然ないの・・・、そう言って、千鳥様は笑われた。とても、とても楽しそうに笑われた。笑って、くださった。
・・・けれど、私は、その笑顔は、何故か『違う』気がして、どうしてか、そんな気がして。口の中にあった言葉が、どこかをすり抜けてしまったような気がした。すり抜けて、なくなってしまった気が。
どうしてなのかは分からないけれど、ただ、それでも『違う』気がして。覚えている、たとえば、あの図書館での笑みとは『違う』のだと、そんな気が。
違う、全然違う、そればかりが、ただ・・・、

「でも、綺麗ですよね?」

綺麗だと、口から零れた自分の声を聞いて、あぁ、その通りだと本当に思った。綺麗なはずだと、そう、思った。だから・・・、それを千鳥様にも伝えないといけない、そう思って。
早く、早くと急かされているような、急がないとと急くような、そんな気が。「綺麗ですよね」と、また重ねる理由が、なんだか分からなかった。でも、ただ、分かってほしいと・・・、そう、思うのは確かだったから。
千鳥様は、返事をされなかった。何も声を発さず、無言のまま目だけを大きく見開いて私を見ていた。「綺麗・・・、です、よね? その、見たことは、ないのですが・・・」でも綺麗なのだと、きっと綺麗に違いないのだと、そう思った。そう、思った・・・、と思えた。
千鳥様は、黙ったまま。そのまま、静かな沈黙がある。続く沈黙をどうしたら良いのか分からなくなった私も、ただ、黙るしかなくて、でも黙っている千鳥様を見つめ続ける事も何故か出来なくて、結局、また空を見上げる。『星屑』ではない、星を見つめる。
数個しかない、星。沢山あると一つに価値がなくなるというのなら、あの浮かんでいる数個の星には価値があるのだろうか?・・・同じ、一つなのに?
見つめているうちに、目の奥にぼんやりとした光の点が残るのが感じられた。消えない記憶として、目の奥に残っていくのが。その光の記憶に、何故か身体が何処かに傾きそうになるけれど、本当に傾くより先に、聞こえなくなっていた千鳥様の声が聞こえてきた。「あー・・・」という、溜息みたいな呻き声みたいな声が。
気分でも悪くなってしまわれたのかと慌てて視線を戻すと、そこには目を閉ざした顔を上へ、たった数個の星空へ向けている千鳥様がいた。眉間には、小さなしわが幾つか。何か、難しい問題を考えているような顔。
「ちっ、千鳥様・・・」心配に、なった。今度は、我が身が。もしかして何かおかしなことを言ってしまったのではないかと、それが心配で。自分の言動でまた千鳥様を悩ませてしまっているのかと、そればかりが心配になっていると、千鳥様は急にその目を開いて、真っ直ぐに私へその眼差しを向けられた。
その目の中には、また、光が。

「もう、嫌だなぁ・・・、カミサマ」
「あのっ!」
「いつか、見に行く?」
「みに? とは・・・、見る、ですか? あの、私はまた何か・・・」
「修学旅行とかに一緒に行けば、見れるかもだけど・・・」

『星屑』、綺麗なんでしょ?

「見に行こうか・・・、いつか、ね」
「・・・はっ、はい!」
千鳥様の吐息のような声が聞こえて、その声があまりに静かだったので、一瞬、何を仰られているのか分からなくなってしまった。けれどすぐに言葉は胸の奥にまで落ちて、慌てて諾の返事を返す。殆ど、詰まり気味の返事を。
ただ、千鳥様は私が慌てて返事をするより先に、何故かとても静かにその目を閉ざされてしまったので、私の間の抜けた慌てた顔はご覧にならなかったと思う。薄い瞼が瞳に覆い被さり、少しだけ仰向いた顔は夜空に向いていて。
・・・それっきり、千鳥様は何も仰らない。私も、何も言えない。
けれど横目で伺う千鳥様の横顔は、その、口元は、なんとなくではあるが、笑みの形をしているような気がした。優しい、穏やかな笑みの形のような気が。
少しだけ、安堵した。・・・否、本当は、酷く安堵した。あぁ、良かったと、意味が捉え切れぬまま思って、そして、思う。


もしかしたらあの瞼の裏に、『星屑』が映り込んでいるのかもしれない、


まだ見たことのない『星屑』を、何故かその瞼の上に見た気がしていた。