long5-18

『青』以外の全てを忘れたかのような、真っ青な空の下、広がる世界は夜の前と少しだけ、違っている気がした。あの、忘れがたい夜の後、迎えた朝のように。

「千鳥様、本当に本屋には行かなくて宜しかったのですか?」
「うーん・・・本音を言えば、行きたいって気持ちが溢れんばかりにあるんだけど・・・」
「では・・・」
「でも、ほら、流石に私にも僅かながら良心的なものがあるしね」
「・・・は?」
「今更的な気もするけど、二回と一回じゃ大違いかもだし・・・あ、二回と三回とじゃ、かな? まぁ、あの頃は私もカミサマのこと、よく分かってなかったからさ、仕方ないってことにしといてもらえばいい気もするし・・・」
「・・・仕方ない、ですか?」
「とにかく、一宿一晩の恩って言うじゃない? あれ? 意味違うかな?」
「・・・あの、意味が合っているのかどうかを判ずることが、私には出来かねるのですが・・・」
「いーの、いーの。気にしない、気にしない」
「千鳥様が、そう仰られるのでしたら、気にしないように努めますが・・・」
「努めるんだ?」
「その、努めるでは不足でしょうか・・・?」
「いや、全く!」
自転車の後ろ、荷台の上は、先日と同じように爽快だった。ただ、結局千鳥様が本屋に向かわれない、その理由は分からなかったが・・・それでも楽しげなので、もう良い気がしてきてしまって。
少し遠回りをしたい、そう仰られる千鳥様と見知らぬ道を辿りながら、交わす会話は何故か新鮮な気がした。会話は、いつも沢山していただいていたはずなのに、まるで今、初めて交わすかのように。
どうしてなのでしょうか?・・・内心、傾げる首。もしかしたら実際に首を傾けていたのかもしれないが、前を向く千鳥様には見えなかっただろう。反面、己にも千鳥様の表情は見えないけれど。
そうしてどのくらい遠回りをしていたのか、やがて景色は見知った姿を取り戻し、千鳥様のご自宅が見えてきて。近づく姿に気を取られたその時、見えない表情のまま唐突に、千鳥様が尋ねてこられた。
「ねぇ、カミサマ」
「はい、なんでしょうか?」
「あのね? あのね・・・」

お願いだから、私を救ってね。

「約束、してくれる?」
「・・・勿論、です」

勿論です、もう一度、精一杯の力を込めて告げる。何故、今、あの時と同じ言葉を繰り返すのかと、聞き返す必要なんてない。疑問に思う必要すら、ない。千鳥様が・・・仰ったのだから。必要なのは、それだけ。神としてはまだ何もかもが足りないこの身に必要なのは、たったそれだけ。
だから、三度、断言する。

「勿論です」

千鳥様は、振り返らなかった。返事も、なさらなかった。けれど確かにその時、そう、確かに聞いたと思うのだ。風の音と同じ、気配に似た声で。

──微笑う、声を。

だから、それだけで良かった。
それだけが・・・良かった。