あれは卒業式前日。
周りの煩わしさがピークに達し、同時に、俺達の苛立ちやその他諸々の感情もピークに達した日の事。
「誰か告ったりすんのかな?」
「六年?そりゃするだろ。ってか、しなきゃ盛り上がんないだろ?」
「第二ボタンとか?」
「古!今時ボタンとか有り得ねぇ!」
大いに盛り上がる教室内。
男女関係なく騒いでいる話の内容が同じというある種珍しい状況下で、話題に入ってないのは騒げる相手がいない寂しい奴か、その話題に興味がない奴。
もしくは・・・。
敢えてその話題に関わらないようにしている奴だけだ。
でも所詮、小学三年の餓鬼どもだ。
他人の心を思いやる、という高度な行動が取れるわけもなく。
「どう思うよ?嵯峨」
「・・・べつに。どうも思わないけど」
「またまた!本当は自分だって別れたくないんだ!なぁんて思ってんじゃないのぉ?」
「あ、でもさー、案外、嵯峨と阿倍ならクラス離れないかもしんないぜ?」
「え?どうして?」
「ほらっ、アレだよ、アレ!」
「あー、アレか」
「運命の赤い糸!」
「・・・死ね、馬鹿」
無神経でアホなクラスメイトの一人が絡んでくれば、当然の結果のように他のメンバーも揃って絡んできて、好き勝手に下らない事ばかりを騒ぎ立てる。
そしてその騒ぎに感化されたようにクラスに伝わるざわめきは、やがて少々離れた所にいた阿倍の所まで伝わって、周りのクラスメイト達が俺の所に詰め掛けてきている奴等と同じ様に下らない事を口にしながら阿倍を囲い始めているのが視界の隅に見えた。
あからさまではないものの、見える横顔が僅かに顰められているのが分かり、それがまた今感じる腹立たしさに拍車を掛ける。
この間は差し伸べられた救済の手も、その手の持ち主が席を外している今、望む事も出来なくて。
聞こえる声の下らなさに、その内容の馬鹿らしさに、囲む行動の鬱陶しさに。
その、存在の不愉快さに。
「あっ!でも聞いたんだけどさー、あの先輩、マジに告るらしいぜ」
「え?函南先輩?でもあの二人ってもう付き合ってるようなもんじゃねぇの?」
「まぁそうかもしれないけど、まだはっきりと告り合ったわけじゃないらしいんだ。でも忍霧先輩と中学校別れちゃうからさ、だからはっきり言って、確かな関係になりたいって話だぜ」
「うっわぁー、大人ぁ!」
「なぁ?」
他人の机の周りに屯って煩く騒ぎ立てる奴等の話が、その時、抑え難いほど癇に障った。
俺には関係なくて、阿倍にも関係なくて・・・それをここにいる人間にとって全くの無関係な、無責任な話として盛り上がっているならともかく、さも俺達に関係があるかのように騒がれているのが本当にムカついて。
机に両肘をついて、両手の中に自分の顎を納めるような形で目を閉じる。
薄く開いた目で再び窺った場所では、阿倍が周りに気付かれないように下を向いて溜息をついていた。
今俺が感じているのと同じ、不愉快さやその他諸々の感情に耐えて。
それが分かった瞬間、腹の中を回っていたその感情が、酷く熱を持った気がした。
喩えるなら、怒りのような。
言い換えるなら、嫌悪のような。
だけどそれら全てを総称して表わすのなら。
──多分、不安。
怒りは解消出来る。
嫌悪は耐えられる。
でも不安は・・・どうしようも、ない。
それが分かるからこそ、気付いてしまったそれをどうしたらいいのかが分からなくて。
「でもさ、マジな話、今オマエ等ってどういう感じなの?」
「そうそう。結局ちゃんと告ったのかよ?」
「いや、そりゃないだろ。二人揃って否定してるくらいなんだからさ、それこそ函南先輩達みたいな感じじゃね?」
「それじゃこれを機会にさー」
「それいいんじゃね?やっぱいつまでもお友達ってわけにも・・・」
目を閉じていても聞こえてくる声は、頼んでもいないのにこれからの俺と阿倍の取るべき行動を論じていた。
・・・俺達の事を、よく知りもせず。
理解、しようともしないくせに。
全部全部、余計なお世話なのだ。
要らないのだ。
論じられているそれも、周りを囲んでる奴等も。
ただ一つ、唯一必要なのは・・・。
「圭」
よく通る、声。
周りの雑音を貫いて、真っ直ぐに俺の耳に飛び込んできたのはその時唯一必要としていた声だった。
勿論、阿倍の俺の名を呼ぶ声。
開いた視界の先、すぐ隣に・・・気付けばいつの間にか阿倍が佇んでいた。
「・・・あ、べ」
「用が、あるから」
ついて来い、と言わんばかりの声と差し伸べられた手。
それに手を伸ばしてしっかり掴んだのは、反射的で本能的な何か故。
だけど、まるで救いを求めるような。
掴んで椅子から立ち上がった途端上がった周りの・・・いや、クラス中の声に気付かないわけではなかったが、それでも。
合わさった眼差しが俺と同じで、救われたがっている人間のモノに見えたから。
握った手に力を込めて、囃し立てる周りの声を一切無視して教室を後にしたのだった。
「・・・馬鹿みてぇ」
教室を出た途端に口をついて出たその言葉が、果たして俺のものであったのか、それとも阿倍のものであったのかは分からなかった。
ただどちらにしろ全く同じ心境だったから、大差なかったのかもしれない。
そして次の瞬間零れた溜息は二人同時で、打ち合わせもしていないのに自然と足が向いた、俺達にとって馴染み深い図書準備室に入って床に座り込んでから再び零れた溜息も・・・やっぱり同時だった。
「ってか、マジにウザい」
どうにかなんないのかよ、アレ。
座り込んだ途端に間髪入れずに隣から掛けられた声は、珍しいほど苛立っていた。
短い髪を掻き混ぜるようにしながら吐き捨てる仕種も、普段この俺ですら目にする事がない程珍しいことで。
それだけでここ数日ずっと続いた周りからの、俺達にとっては意味のないざわめきがどれだけ精神的なストレスになっているかが分かる。
・・・尤も、それは俺にも言える事だけど。
「つーかアイツ等、頭悪いんじゃねぇの?何でこっちが何度も言った事、覚えてらんねぇーわけ?」
疲れきっている阿倍にではなく、自問自答するように口にした言葉は、真隣から「覚えるだけの記憶力がないんだろ」と吐き捨てられた。
そして三度零れる、溜息。
一体どうしてこんなにも俺達の生活が乱されなくてはいけないのか?
心の底から、本気で疑問に思う。
怒りさえ感じるほどの強さで。
俺達は、俺達は・・・。
ただの、友達なのに。
・・・いや、ただの、じゃないか。
凄く大事な友達、たった一人の親友、この世で一番特別な奴。
確かに性別は一緒じゃなくて、だから騒がれてるって事くらい分かっていたけど、だけどそんな事、俺達には関係ないのだ。
関係あるのは、今こうして隣り合って座っているだけで酷く安心する事とか、何も考えなくても思っている事を素直に言える事とか、意地っ張りで見栄っ張りな俺達でも、お互いにだけは謝れる事とか。
そういう事だけが関係あるのだ。
それ以外は何も関係ないと言えるほどに。
でもそれなのに周りの奴等は、クラスメイト達はそれを理解しない。
周りに集って、お門違いな事を口々に囃し立てながら纏わりつくのだ。
女子と男子が二人よくつるんでいれば、それは・・・。
互いに気があるのだろう、と。
はっきり言って、余計なお世話だ。
俺達はそういうんじゃないし、たとえそうだとしても他人には関係ない事だし。
だからその他人の娯楽為に始終突っつかれる謂れなんて、絶対ないのだ。
それなのに。
まるで俺達がそうなるのが当然のように、騒ぎ立てる。
「ふざけんなっつーの」
抑揚のないその声は、抑えなくてはいけない感情があるからだと気付いている。
だって、それは俺も同じだから。
「どいつもこいつも口開けば付き合ってるだの何だのって。男女でダチで何がおかしいんだよ。今の世の中、男同士で付き合ってる奴も、女同士で付き合ってる奴もいるんだから、別にどんな組み合わせでどんな関係だって全然おかしくなんてないだろ」
「・・・阿倍、それ、喩えがかなり微妙だぞ。いや、俺らがダチでおかしくないって所は大賛成だけどさ」
頭が回り過ぎる所為か、腹を立てると妙な頭の回らせ方をする阿倍の喩えに脱力しつつ反論と賛成を同時に口にすれば、当の阿倍からは物凄い目付きで睨まれた。
俺と同じく優等生のくせに、偶に向けられるこの睨みが不良のようなのは昔から。
この目を教室内のあの煩い奴等に向ければ一発じゃないかと思うのに、俺同様、他人には優等生な阿倍が他の奴等にこの目を向ける事はない。
・・・だからといって、親友である事を理由に俺一人がこの視線に晒される事を歓迎したりはしないけど。
そんな風に向けられる眼差しに対してのコメントを胸の内だけで呟いていると、ふいに阿倍が小さな溜息をついて一度呼吸を整えるように深呼吸をした後、先程よりは冷静な口調で話を再開させた。
「そもそもさ、そういう下らない感情自体に興味がないし」
「それは全面的に賛成」
「だろ?大体さ、恋愛感情なんて幻想なんだよ。なんか、こう・・・恋に恋する、みたいな」
「まぁな。どこが好き?って聞いても、全部、とかって答えられた日にはソイツに蹴り入れたくなるし」
「なるなる。あと優しい所が好き、とかって答え聞くと、じゃあ優しけりゃ誰でもいいのかとか、そんなどうでもいい所が好きなのかとか怒鳴りつけたくなる」
「だよなー。スッゲェ、下らねぇ」
「そうそう。だからさ・・・」
「そうだよな。俺達がそういう意味ねぇ感情になる事なんて・・・」
「ないない。絶対無い」
「だよな」
・・・そう、絶対にないはず。
もう一度胸に落とした呟きは、不思議なほど揺れていた。
その揺れが何だか分からず、だけど確かめようとした瞬間、丁度休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまい、二人揃って慌てて部屋を飛び出してしまった為、それを確かめる事は出来なかった。
ただほぼ反射的に再び繋がれた手。
走り抜ける廊下で、擦れ違う奴等の何人かが意味ありげに繋いだ手を見たのに気付いたけど、だからといって離したりはしなかった。
だってこの手は、そんな馬鹿な理由で繋いでいるわけではないし、不確かなものでもない。
だから・・・。
変わる事も、離す事もないのだと。
教室に戻ったのが授業が始まるギリギリの時間だったのが良かったのか、入った瞬間に何か言いたそうに俺達を見た奴等が話し掛けてくる事はなかった。
それに安堵して席に着くとすぐに担任が入ってきて、それから始まる面白くもない話の大半は明日の卒業式の話。
お喋りをしてはいけませんとか、拍手は盛大にとか、そんな今までに何度も聞いた注意事項をまた繰り返して。
退屈なその話は半分以上聞き流していたけど、ふいに思い出したのは教室を出る前に聞いた先輩達の話。
ふと、思ったのだ。
俺達と同じだというのなら、その先輩達も今頃周りの煩さに迷惑しているんじゃないか、と。
そしてそれなら俺達も数年後、今以上に煩くなる周りの所為で、ノイローゼになってもおかしくないのではないか、と。
「・・・ま、その時になったら考えればいっか」
「何が?」
「何でもねー」
長ったらしい担任の話が終わり、終礼を終えればようやく今日の『学校』での時間は終わる。
普段はそう思わないけど、最近はただただウザイだけの時間が終わった事に喜びを噛み締めつつ、阿倍と二人、周りの煩い奴等に捕まる前に早々に教室を飛び出した。
でもそのまますぐに下駄箱に向かってしまっては他のクラスの奴等と鉢合わせするので、校内の人気がない廊下の片隅で暫し時間を潰し、辺りのざわめきが落ち着いたのを見計らってから下駄箱に向かう。
他に誰もいないそこで、何となく潜めた声を互いに掛け合いつつ辺りを伺いながら行動していると、次第に酷く楽しくなってきてしまう。
まるで二人だけの秘密の作戦でも行なっているかのようで。
押し殺した笑い声を立てながら、酷く楽しい思いで上履きから取り出した靴に履き替え、それからやっぱり抜き足差し足で下駄箱を後にしようとして・・・ふいに聞こえてきたのは、少々離れた所からの話し声。
場所的に、上級生だと分かるその声に反応したのは二人同時。
視線を交わす、ただそれだけで何を考えているのかが分かったのは、俺達が唯一無二の親友で、同じ空気を共有する間柄だからだと自負している。
そしてその自負が互いに交わした判断は・・・。
こっそり声のする方向を窺いに行ってみよう、だった。
丁度先ほどまでの空気が秘密の作戦実行中のものだったから、そのノリだったのだと思う。
履いたばかりの靴を脱ぎ、それを両手で持つと今度こそ笑い声さえ完全に押し殺して細心の注意を払って歩き出す。
声のした方向、幾つかある下駄箱で身体を隠すようにして一歩一歩、着実に近づいて。
段々とはっきり聞こえてくるようになった声、その声が言葉という形になっていくのを、二人時折目を合わせて声にならない声で笑いながら耳をそばだてて・・・。
次の瞬間聞こえてきた、硬い物がぶつかったような音が下駄箱の蓋が閉まった音だと悟った時、目の前にある下駄箱の向こうに目的となる存在がいる事に気付いた。
それと同時に、二人揃って足を止め、首を伸ばすようにして下駄箱の影から向こう側を窺ってみる。
するとそこには予想通り、上級生の姿が二つ。
一人は女子。
もう一人は・・・男子、だった。
部活に入ってない俺は上級生に詳しくないので、その二人が誰だかなんて分からなかった。
そしてそれは阿倍も同じで。
だけどそっと窺っている先で、俺達が見ているなんて気付きもしないその姿を見ているだけで・・・何も知らなくても分かる事というのはあるもので。
例えばお互いを下の名で呼び合う声とか。
肩が触れるほど近くに並んで立つ姿とか。
隣り合った相手と交わす眼差しとか。
ふとした瞬間、零れる笑みとか。
交わされていた会話は他愛無い、何て事ない内容だった。
ただ会話の内容よりも、互いに会話を交わす事そのものが大事だと言わんばかりの雰囲気に、二人が友達でもクラスメイトでもない事が分かってしまって。
その場を離れていった二人を何とも言えない気分のまま見送って・・・零れたのは小さな溜息。
気がついたら握り締めていた互いの手を殊更強く握り締めながら、お互い顔を見合わせる。
「・・・付き合ってんのかな?あの二人」
「知らん。でも・・・そう、かも?」
「噂によると、まだ正式には付き合っていないという話だな」
実のところ、そういう人間を学校内で見るのは初めてだったので、いまいち自信なさげに掛けた問いに、ばっさりとした、けれど同じく微妙に自信がなさそうな阿倍の答え。
・・・それと、俺達の疑問に答える声。
「・・・って、は?」
「つーか何んでいるんだよ!」
聞こえてきた声を認識してから数秒後、ほぼ同時に振り返ったそこにはいつの間にやら見知った姿があった。
たった今の声の主、黒河の姿が。
一体いつの間に出現したのかさっぱり分からないその姿に心底驚いていると、いつも通り冷静な黒河はしかし少々呆れたような眼差しで「それを聞きたいのはこっちの方だ。お前等、何覗き見してるんだよ?」と、客観的に見れば酷くその通りな、反論の余地もない問いを投げかけてきた。
当然、その問いに対する答えなんて持ってない・・・というより持ってはいるけど差し出せない俺達は、さり気無く視線を逸らして問いへの返答を拒否する。
すると他のクラスメイトとは違って察しのいい黒河は、一つ溜息をついたもののそれ以上は追求せず、代わりに肩を一度竦めるだけ。
追求を逃れた事を安堵しつつ、一度阿倍と交わした視線での会話の結論は『ここは早々に立ち去るべし』というもので。
持っていた靴を履き直して、黒河に向き直って一言別れの挨拶でもと口を開いて・・・そこでふと、蘇ってきたのは先の上級生二人の姿。
だけど開いた口から言葉が出るより早く、今まさに言わんとしていた言葉と全く同じモノが、すぐ隣から零れ落ちた。
「なぁ?そう言えば黒河、あの先輩達知ってるのか?」
「知ってる。話した事はないけどな。それに最近よく他の奴等が噂してただろ」
お前達だって聞かされてたんじゃないのか?と続けられた言葉。
それに何かが思考の片隅で引っ掛かる感じがして・・・それが何かと気付くより先に、言葉の方が先に出ていた。
「・・・函南って、先輩・・・」
「そう、その函南先輩と忍霧先輩」
はっきりした黒河の答えに、俺達のうちのどちらかが返事を返す事はなかった。
それがどうしてなのかは分からなくて、でも唐突に、その場に立ち止まっている事が苦痛で仕方がなくなってしまって。
碌に黒河に声も掛けないまま、俺達は玄関を出たのだ。
出てきた先、目の前に続く校庭。
テレビの中の演出みたいに満開の桜が並び、風もないのにその命を段々と散らして、踏み締める大地の色を変えていく。
そこをゆっくりと手を繋いだまま歩きながら、段々とその力が強くなっていくのを感じる。
込められた力がどちらのものか、もしくは両方のものなのか・・・それは分からない。
ただ、込められる力の意味だけははっきりしていた。
「初めからそういう好き、だったのかな」
「そうなんじゃねぇの?大体さ、チラッと見ただけだけど、圭と違って如何にもそういう恋とか何とかが好きそうな、なよっちい奴だったし」
「阿倍、それ、差別って言うんじゃ・・・」
「差別じゃない、区別だ」
「何か偉い人の格言に出来そうだな、それ。・・・でも、そうだよな、きっと初めから、ダチじゃなかったんだよな」
「そうそう。ってかさ、ホント、どうしてどいつもこいつも口を開けば好きな人だの恋だの告白だの・・・バッカじゃねぇーの。ホント、バッカじゃねぇーの。そんなの、そんな感情・・・」
「破局とか、冷めたとかって言うくらいだもんな。絶対・・・」
本物じゃない。
「俺と阿倍はダチだって。あんな・・・何か、どうでもいいもんじゃない」
「そうそう。ずっとずっと暫定一番のダチで・・・」
「暫定って何だよ、暫定って」
「もっと一番の奴が出来るかもしれないだろ」
「あのな。・・・出来ないって」
「お前には出来ない」
「・・・阿倍」
「でも、一番のダチで・・・きっと、卒業の時もこうして・・・」
「おう、こうして・・・」
・・・ホントウニ?
確かにこの道を歩けるかもしれない。
でもそれは同じ道だろうか?
聞こえてくる声は、形を持たないうえに誰のものともしれないのに、何故か二人ともに聞こえているのが分かった。
そしてその声は、聞きたくもないのに尚も問い続けてくるのだ。
だってあれだけの人間が、そういう感情を前提に話すのに?
それならそうなる事が普通で、自然な事じゃないのか?
それにあの先輩達だって、正式に付き合っていないなら、今までは俺達と同じ様な関係で、それが徐々に変化していって、この季節に正式に変わるだけじゃないのか?
・・・あと数年後の、未来のように。
ゆっくりとした歩調だったはずなのに、気付けばもう校門まで来ていた。
どんなに歩調を落としても、歩き続ける限り、いつかは絶対に何処かに辿り着いてしまう。
止まらない、時間のように。
どうして、止まらないのだろう?
別に全世界の時間を止めたいわけじゃない。
ただ俺達の時間だけを止めてしまいたいだけなのに。
それなのに、どう足掻いても時間は進み続けてしまうのだろうか?
──それならば。
「嵯峨!阿倍!」
校門を出る一歩手前。
そこで唐突に背後から聞こえてきたのは、初めて聞く、声。
黒河の、大声。
反射的に振り返った先、何故か僅かに息を切らしている黒河は。
心配そうな、
不安そうな、
思い詰めた様な、
そんな、表情をしていて。
浮かべた、見た事もないその表情の意味を問う間もなく、真っ直ぐに俺達を見て、一言、言ったのだ。
「また、明日」と。
別れの挨拶すらまともにしなかった俺達に、態々追い掛けてまで掛けてくれた言葉。
様子がおかしいと、心配して来てくれたのだと分かる。
いつもさり気なく周りや俺達に気を配ってくれる黒河だから。
でも、それでも・・・その時、黒河の言葉を聞いた俺達は。
はっきりと、思ったのだ。
明日なんて要らない、と。