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コジマ君に声を掛けられた私はといえば、かなり失礼なことに、結局あまり返事らしい返事をしなかった。ただ一度、首を縦に振るだけで、あとは身体を反転させて土手を駆け降り、半ば逃げるような仕草で家に帰った。後ろを、振り向かずに。思い出せば思い出すほど失礼極まりない態度だけど、もし弁解させてもらえるなら、あれはただ気恥ずかしかっただけのだ。男の子に声を掛けられるなんて、滅多にない経験だったし。
帰ってから自分の行動を振り返って、そのあまりの失礼さにかなり自己嫌悪に陥ったけど、次の日、学校で謝ることすら出来なかった。一日中、ずっと気になっていたのに、他のクラスメイトがいる前ではどうしても声が掛けられなかったのだ。意気地がなくて。
・・・それなのに。
ほぼ毎日ある塾、その終わりが早い時、まだ辺りに青い空が広がっている時、その青を見た時、浮かぶ雲より白い飛行機が気になって、他の女子の誘いを適当に断ってあの土手に向かうようになった。
塾が終わってすぐは周りと少しは喋らなくてはいけない。それは女子同士のコミュニケーションでもあるし、暗黙の了解でもあるし、そのお喋りに加わらないと仲間から弾かれてしまう可能性や、いない間に『付き合いが悪い』等の理由で悪口を言われてしまう可能性もある。だから絶対に一人だけ先に帰ったりは出来なくて、長い時で三十分くらい廊下でべらべら喋って、それからなんとか皆で帰ろうとする輪から外れて一人だけ違う道を行く。勿論、周りを気にしながら。
そして向かった先、土手を登って下を見下ろすと、そこには当然のようにコジマ君がいた。やっぱり当たり前みたいに、紙飛行機を飛ばして。
初めて見かけた時には気づかなかったけど、足元に何個か飛行機が折られていて、それを一つ一つ、時間をかけて飛ばすのだ。飛ばした飛行機の行く末を見届けてから次を飛ばす、そんな動作を繰り返して。
飛んでいく飛行機はどれも完璧なまでによく飛んで、風に上手く乗って飛んでいく様は気持ちが良く、青を貫く白は届かない羨望を思い出させるようだった。どうしてそんなに軽々と空を飛ぶことが出来るのかと、尋ねたくなるくらいに。
私には出来ないこと。毎日毎日、小説に出てくる魔法とかよりずっと凄いものを目にしている気がしていた。だってこれは、現実に起きている。
でも具体的に、惹きつけられる気持ちを説明することは出来ない。ただ今でも、塾がある時に毎日毎日、欠かさずそこに行かずにはいられないほど惹かれた心だけは鮮明に思い出せる。
あの鮮やかな青と、力強く自由な白と同じくらい鮮明に。飛行機が飛び立つ瞬間を作り出す、あの指先と同じくらいはっきりと。
説明は出来なくても、不思議ではないあの時の気持ち。もし一つだけ不思議なことがあったとしたら、声も掛けないし普段も親しくないのに、塾の帰りに毎日のように土手にやって来て、背後から飛行機が飛ぶ様を見下ろしている私のことを、コジマ君がどう思っていたかという点だけだ。
もしクラスメイトとかじゃなかったら、今流行のストーカーだと疑われてもしかたがないような不審行動を取っていた私を咎めるわけでもなく、しかも帰りは必ず一声掛けてから帰る。そんな律儀で真面目なコジマ君が、不躾な私の行動をどう思って、またどう解釈していたのかは不思議に思う。ただ、嫌がられてはいなかったと思う。それは半ば確信していたけど。
だって、いつも時間差で追いかけるように土手に来て、背後から無言のまま見つめている私に気づいたコジマ君が、振り返って私のことを確認する時。

少しだけ困った表情で、でも同じだけ得意そうに目を輝かせているように見えたから。

教室でのコジマ君は。
いつも席に静かに座っていて、先生に叱られたこともなければ特別目立つこともなかった。何かの行事の時も終わってしまえば印象に残らないような係りばかりやっていたし、活躍することもない。スポーツが苦手で、体育の授業、特に球技とか皆で一緒にやるようなものでは重要ではないポジションにいて、性格も真面目なので冗談などを言っている姿を見たことがなく、クラスの人気者には程遠い。
ただ頭はとても良くて、テストはいつも満点、難しい宿題が出た時だけは勉強が出来ない男の子に人気になるという、つまり都合の良い時以外はあまり話しかけられないような、大人しいだけの子だった。凄く親しい子もいなさそうな、でも苛められるキャラでもなく、渾名で呼ばれることもない、そんなタイプ。
でも土手で見かけるコジマ君は、そんな教室で見かけるコジマ君とは違っていた。少なくとも、私の目からは違って見えた。
自信に満ちた、と言ったら少し違うかもしれないけど、肩を窄めて目立たないようにひっそりと席に座っている印象がある『教室のコジマ君』とは同じには見えなくて、どちらかというと伸び伸びしていて、自由で、力強い印象。飛ばしている飛行機と同じような感じで、飛行機が横断する青空みたいに明るく見えた。教室の男の子の馬鹿っぽい無駄で騒がしい明るさじゃなくて、もっと澄んだイメージのある、明るさ。見ていて、気持ちが良いような。
多分、羨ましかった。コジマ君ほどじゃないけど、私も似たり寄ったりのタイプで、でも一人で席に座っているほどの勇気もないから、何とか他の女子に話を合わせて弾かれないように努力していた。そんなちっぽけな理由でちっぽけな努力しか出来ない自分があまり好きじゃなかったから。本当の自分の姿なんて、直視出来ないし誰にも見られたくないと思うし。
それに引き換え、私は偶々見つけたけど、本来なら誰にも見られることのない土手にいるコジマ君、つまり本当のコジマ君は、私の目から見て、誰に見せても恥ずかしくない姿だとそう思ったから。
羨ましかった。でも嫉ましかったわけじゃない。だからずっと見ていた。見ている、だけだった。
もしもそのまま同じ時間が流れていたら、同じ状態がずっと続いただけのはずで。
振り絞る勇気を持ち合わせていない私とは違って、本当のコジマ君は振り絞るだけの勇気を常に持っている人だったらしい。
よく、覚えている。その日、小さな偶然が幾つか重なって起きたのだ。普通に歩いていただけなのに、偶々そこに転がっていた石があって、偶々踏み出した足がそれを蹴ってしまっただけのような、そんな他愛無い偶然。
偶然が起きたのは、私じゃなくてコジマ君の方・・・いや、やっぱり私の方だったのかもしれない。いつも通り終わった塾、でも先生がコジマ君を呼んだのが聞こえて、何だろうと思ったのは確か。でも塾の中でも一番成績の良いコジマ君は、偶に先生に呼ばれて何か話をされることがあって、だからその時もあぁ呼ばれてるなって、ただそれだけだった。私は私で、いつもの日課、他の女子とのお喋りの花に混じるので精一杯だったから、それ以外のことは考えている余裕がなかったのだ。
その後、ようやく終わったお喋りにほっとしながら廊下を抜けて、靴を履いて塾を出るまでコジマ君の姿を見かけなかったから、てっきり先生との話は終わっているんだと思い込んでいて・・・土手には前日までと同じように、飛行機を飛ばすコジマ君の姿があると信じ込んでいた。
でもそこにコジマ君の姿はなくて。誰もいない土手を見下ろした時、そこまで驚くような光景でもないはずが、信じて込んでいたものを引っくり返されてしまった事実に、私は呆然とその場に立ち竦んでしまう。え?何コレ?みたいな。
頭の片隅で誰かが『コジマ君はいずこに?』なんて時代劇めいた口調で尋ねてくるのが聞こえて、それに答える『先生との話が終わってないか、用があって家に帰ったかのどちらかじゃない?』という冷静な声も聞こえた。『そりゃそうだ』という同意まで聞こえて。
凄くよく覚えているのは、自分でも吃驚するぐらいガッカリしていたこと。もうコメントのしようがないくらいに。
あまりにガッカリしていて、その事実に吃驚して、冷静な判断が出来ない状態になって。気がついたら漫画みたいに肩を落として、とぼとぼと土手を下っていた。川に向かって。
ほぼ毎日のように来ていたのに、今まで一度として降りたことのなかった場所に向かって行った自覚はあまりなくて、いないなんて見て分かっているのに、その場に降りてまた周囲を見渡してしまった。おまけに見渡した後、またガッカリしてしまって。
見るべきものがなくて、しかたなく視線を向けた先は僅かに波打つ水面。少しだけ見上げると青い空もあって、でも見たいものは青ではなくて、白と、白が横切る青だったのに。
小さく、溜息。
でも洩らした溜息から逃げるように方向転換した先、背後に。

いつの間にやら、コジマ君が立っていた。

人間、本当に驚いた時は声なんか出ないものらしく、その時、唐突に出現したとしか思えないコジマ君に、一番大きな声を上げたのは私の心臓だった。激しい音を立てて飛び跳ねたそれに二度吃驚して立ち竦み、少しだけ離れた位置に立ってこちらを見ているコジマ君を見つめ返した。
どうしたらいいのか、分からなくて。
沈黙は、青空の下に流れる川底に人知れず沈殿する澱のように、重く、暗く。でも押し潰されるのではと思えるほどのそれを動かす勇気は私にはなくて。その場から逃げ出すことも、状況を変えることも出来ないまま固まり続ける私の視線の先で、私よりずっと勇気があるコジマ君は視線を逸らした後、固まった身体をそっと動かした。
足を踏み出して、ちょっとだけ方向をずらして進んだ先は、私が立っている場所から右手に少しだけ離れた土手の中腹。右斜め前方で立ち止まったコジマ君は、持っていた鞄を足元に置きながらしゃがみ込み、何かを取り出し始めていた。
いつもとは逆、コジマ君を少しだけ見上げた状態でじっと見つめていると、私の視線に気づいているだろうに顔を上げることなく、コジマ君は鞄から取り出した物を何やら弄っている。
一体なんだろう、と不思議に思ったけど、近づいて確認する勇気は出なくて、一生懸命目を凝らして見つめていると、やがてそれが何で、コジマ君が何をしているのかが分かった。だって取り出した物、コジマ君が弄っているその物体は・・・白かったから。
それが、今から頭上に広がる青に羽ばたく飛行機だと気づいた。
ここに来てから折ってたんだ。
分からなかった公式を説明してもらって、ようやくそれが理解出来た時と同じ心境だった。それまでどこであの飛行機を折っていたのかとか、そういう具体的なことは何一つ考えてなくて、目にした光景をそういうものだと漠然と受け入れていたので、余計に目が覚めるような感じがして。
出来上がりつつある飛行機、その手元が見えないのがとても残念だと、それだけを思っている中、やがてコジマ君はおもむろに立ち上がった。
何かを、決意した人みたいに力強く。
立ったコジマ君の左手に持たれた、白い飛行機。飛び立つことを願って、飛び立つ瞬間を思って待ち侘びる、不自由から開放される日を知っている、ソレ。見ているうちに、なんだか初めてその飛行機が飛び立つ姿を見た瞬間を思い出した。
同じ瞬間に、再び立ち会うという錯覚。有り得ないと承知の上で、納得出来ない気持ち。
飛ぶのだと、その瞬間を見逃さない為に必死で目を凝らした。世紀の瞬間を見守る民衆と同じように。目が痛くなるほどの強さで見守り続ける中、しかしいつまで経ってもその瞬間は訪れない。飛行機は、自らを不自由な世界から解放してくれるはずの手の中に。
不思議に思って、飛び立たない飛行機から辿るように手の持ち主の顔を見つめて、また驚いた。
てっきり空を見つめているとばかり思っていた顔が、視線が、真っ直ぐ私の方に向いていたから。目が合った途端、少しだけ困った顔をしたけど、それでも決して離したりしないで。
何かしただろうかと、咄嗟に思った。思って・・・そりゃ、してるよな、と自分で自分に突っ込みを入れていた。だって上から見下ろしているならともかく、こんな場所まで降りて来ている状況では、通りすがりに見てました、なんて言い訳利かないし、何してるんだ、オマエ、なんて思われてもしかたない。
もしかして、ここから退かなきゃ飛べないのかな、そう思ったら説明がつかないくらい落ち込んだ。飛べないのかなって、ただそれだけで。
でも喉に何かが詰まってしまったという顔をしたコジマ君が、視線を宙に彷徨わせつつその詰まってしまっている何かを飲み下したかと思うと、次の瞬間、小さく息を吸い込んでから口を開く。いつも帰りがけに声を掛ける時と同じ。いや、もっと必死な仕草で。

「・・・やる?」たった、一言。

振り返って思い出せば、流れ的に当たり前だった一言。でもその当たり前の一言を搾り出すことがどれだけ大変かを、私は決して忘れない。
自ら声を掛けることなんて出来なくて、餌を待つ犬みたいに、声を掛けてもらえるのを待っているだけだった自分の情けなさと同じくらい、絶対に忘れないし、忘れてはいけないと思う。
主語のない言葉にその意味を考えることもせず、答えだけを用意して一度、首を縦に振って・・・やっぱり声を出せないままだった私は。

**********

で、それが・・・。
あ、違う。
・・・まだ何も言ってないんだけど。
初恋の瞬間かって聞きたいんでしょ?違う、違う。
・・・じゃーいつだよ、つーか、長くないか?初恋発生まで。
漫画じゃないんだから、出逢ってすぐ恋に落ちました、なんて実際にあるわけないでしょ。
・・・ないの?
あったの?
・・・話、続けていいよ。
続けるけど・・・気になるから、あとでその話、聞かせてね。
・・・早く続けろって。

**********

掛けられた一言に頷いて、その仕草でスイッチが入った私は小走りになってコジマ君に近づいて行った。あまり離れていたわけでもないのですぐに近づけた私に、コジマ君は手にしていた飛行機を差し出した。そっと、何かにとても気を遣った仕草で。そして差し出された飛行機を私もそっと受け取った。両手を差し出して。差し出した両手に乗せられた飛行機。伸ばしていた手を引き戻して近くで見つめれば、酷く軽いそれはとても簡単に折られているように見えたし、空を飛んでいる姿からは想像もつかないくらい弱々しく見えた。
でも見つめているうちに、飛んでいた時に見えた凛とした強さも感じられて。
「ここ、持つんだよ」広げた両手に乗せたまま見つめているだけの私に、コジマ君が遠慮がちに声を掛けてきて。その声で飛行機だけを一心に見つめて俯けていた顔を上げる。すると声と同じように遠慮がちな顔をしたコジマ君が、自身も飛行機を手にして私の方を見ていた。飛行機の下の部分を摘んで、その部分がよく見えるように翳して。
見せてもらった持ち方をしっかり目に焼き付けてから、左手に飛行機を乗せて、右手でコジマ君と同じ場所を摘む。すると摘んだ場所の頼りなさに、手にしている飛行機が紙であるという事実をまざまざと見せ付けられている気がした。不思議な、事実。
簡単に破けてしまう、脆い紙。握り潰してしまわないように、恐る恐る、そうっと飛行機を持ったまま固まっている私の様子は、多分、おかしかったのだと思う。
聞き慣れない音が耳にそっと滑り込んできて、何かと思って発信源を探すと・・・コジマ君が、笑っていた。
「あっ、ごめん」
見つめる・・・というより、凝視している私に気づいたコジマ君は、慌てて笑いを引っ込めて謝ってきた。笑ってごめん、と。
少しだけ気まずそうな顔をするコジマ君に、すぐに気づいた。勘違いされていると。だからコジマ君と同じくらい慌てて首を横に振って『怒ってない』という意思表示をして誤解を解く努力をしながら、凄く得をした気分になっていた。
だって初めて見たから。誰かに合わせたものじゃなくて、面白いから笑う、そんなコジマ君の笑顔を。
珍しいものだったから、得した気分で凝視していたのであって、笑われて怒っていたわけじゃない。だからもう一度首を横に振ると、一応、怒っていないという気持ちだけは伝わったらしく、少しだけ力が入っていたコジマ君の表情から、その力が抜けていくのが分かった。
そうやって小さなことでも他人に気を遣う様を、人によっては卑屈だと感じるかもしれない。でも私はそうは感じなくて、むしろ謙虚でとても良いな、と感じていて、つい、また笑わずにはいられなくて。
笑った私を見て、コジマ君が吃驚したみたいにすぐ視線を逸らしたのだけが、少し不思議だった。
「・・・風がきたら、こうして軽く振って、そっと手を離して。風に乗せるみたいに」
逸らされた視線が戻ってくると、コジマ君は手にした飛行機を動かしながら教えてくれた。とても簡単そうに。あとはスタンバイして風を待つだけだから、と。
川を目の前にしたそこは、強さに関わらずよく風が吹いて、そう待たなくても飛行機を乗せるのに相応しい風が吹くのは分かっていた。だから見よう見真似でコジマ君が教えてくれたように飛行機を構えて、やがて訪れる瞬間を待っていた。
正直に言って、風さえ吹けばあとは連日見ている光景が目の前に広がると、その時の私は疑いもしていなかった。だって簡単そうだったし。
でも間もなく吹いた風、コレだと確信して、構えたままの手を何の考えもなく力いっぱい振り翳して、風が吹き終わってしまう前にと慌てて放した手。耳に僅かに入り込んだ、焦りを帯びた「あ!」という声が確かに聞こえてはいた。
聞こえてはいたが・・・その意味すら考える余裕もなく、時間は既に動いていて。

へなへなと飛ぶことすら赦されなかった飛行機は、見えない手に叩き落されてしまった。

ぺしゃん、とか、べしゃ、とか、そんな擬音語が聞こえてきそうな光景だった。私が半ば振りかぶった飛行機は、乗るはずだった風に叩き落とされ、昔飛ばした紙飛行機ですらへなへな飛んだ距離を飛ぶこともなく、物凄い直下降して地面に落ち、先端が可哀想なくらい潰れてしまう。
所詮は紙飛行機、擬音語が聞こえてきそうな勢いで叩き落されたとしても、実際に音が聞こえたわけじゃない。でも私には確かに形にならなかった音が聞こえたし、同じ音が間違いなく、隣にいたコジマ君にも聞こえていたのだと思う。何故って、その哀れな飛行機を目の前にして・・・妙な沈黙が落ちたから。
じっと倒れた飛行機を見つめたまま、顔を上げることが出来なかった。視線を上げることすら出来ないほどに、恥ずかしくてしかたなかったのだ。だって、分かっていた。分かっていたのだ。流石に現実を目の間に突きつけられてその意味が分からないほど、頭が悪いわけではないから。
飛び立つはずの飛行機。飛び立たせてくれるはずだった風。それなのにそんな可能性があったことすら信じられないほど、完膚なきまでに潰れていった現実。

原因は、コジマ君の話を聞いていて尚、それに従わずに野球の球でも振りかぶるような飛ばし方をした、私。

恥ずかしかった。今ならこの羞恥だけで死ねる、と半ば本気で思うほどに恥ずかしかった。踏み締める大地がコンクリートではなく土である事実が、今すぐ埋まる為の穴を掘れ、と促されていると感じるほどに。
でも幸いにも、促されるまま穴を掘ることも、穴に埋まることもなかった。ついでに言えば、その場から逃げ出すことすらしないで済んだ。顔を上げられない私が何かをするより早く、落ちていた沈黙を打ち砕くように、コジマ君が酷く慌てた仕草で動いたから。  
しゃがんで拾い上げた飛行機、立ち上がって私の前に立つと、後ろ手に持った飛行機を私の目から隠して。少しだけ歪んだ表情、困っている心と、笑いそうになる心、その二つを必死で押し隠して、真面目な表情を取り繕うとしているからだと分かるそれを浮かべて、不自然なほど明るい声を張り上げる。

「ごめん!なんか、えっと・・・うん、ちょっと折り方が甘かったのかも!」

絶対違うだろ、それ、という突っ込みは、私のプライドと、そのプライドを取り繕ってくれたコジマ君の優しさと誠意に従い、永遠に喉の奥に封印することにした。
かなり恥ずかしい失敗、少なくとも、私は恥ずかしいと思う失敗。でもしなければ良かった失敗ではなかったらしい。何故ってその失敗のおかげで、その場の雰囲気、私とコジマ君の間に流れる空気のぎこちなさが多少なりとも壊されたから。空気が解けるように、息が簡単に出来るようになったから。
ただ、また同じ失敗をするかもしれないと思うと、もう一度チャレンジさせてと言うことは出来ず、コジマ君が差し出してくれた飛行機は受け取らないで、代わりに「お手本、飛ばして見せて?」と、コジマ君の手でいつも通り飛ぶ姿を見せてくれるよう頼んだ。少しだけ笑ったコジマ君は簡単に頷いて飛行機を構えると、タイミングよく訪れた風にやっぱり簡単に乗せてしまう。
まるで、風が見えているようだった。すぐ目の前を通り過ぎる風が見えていて、その風にそっと飛行機を乗せたように見えたのだ。私には見えないものが見えて、出来ないことが出来る。
あぁ、凄いなと、溜息に色がつくほど思った。

**********

えーっと、つまりその時、ようやく・・・。
あ、まだまだ。
まだ?
そう、まだ。
もうそろそろ、初恋状態じゃないのかよ?
それがまだなんだよね。あの時はね・・・しいて言うなら、尊敬の眼差しを注いでたって言うか、偉人伝を読んでる状態だったって言うか。
紙飛行機飛ばしたくらいで?
だって私は飛ばせなかったもん。大体、好きになるのって結構時間掛からない?こう、相手を知って、興味を持って、尊敬したりして、それから・・・みたいな。
そう?相手を知って、もっと知りたいなって思った時には好きになってるもんじゃない?
え?そうだったの?ってか、それって実体験?相手って誰?
・・・話の続きをどうぞ。
ちょっと!
どうぞ!
・・・後で絶対吐かせるからね。