「・・・なぁ、覚えてる?学校に戻った時のこと」
「そりゃ、覚えてるに決まってる。マジに吃驚したからな」
くるくると、手にしたモノを回している阿倍を見ながら問い掛けてみたのは、あの出来事の中で一番吃驚した光景の事。
すると当然のように返ってきた肯定の返事に、それもそうかと納得する。
納得して・・・二人、小さく噴出した。
まだ今よりずっと弱かった、あの頃。
他人の事実が自分達の真実に成り代わるのではないかと・・・自分達自身が自分達の事を信じられないでいた頃。
それを信じる為に、信じられなくさせられる何かから戦う事を誓う為に歩き出し、そして証しを持って帰った時。
全人類へ刃向かう意志を掲げて戻った先で、目にしたものは・・・。
「入るぞ」
「オース、黒河」
「遅いぞぉ」
「悪かった。・・・阿倍、それ」
「覚えてる?」
「あぁ。お前等があの時持って帰って来た小枝だろ?」
「そうそう。さっすが黒ちゃん。記憶力良いねー。圭と違ってさ」
「俺と違ってってなんだよ。俺だって他人よりは良いだろ」
刃向かわなくてもいい人間の姿だった。
・・・あの日戻った校門に、まるで当然のように佇んでいたのは黒河だった。
出て来た時と、同じ様に。
そして校門にも垂れる様にして立っていた黒河は、馬鹿みたいに呆然と立ち止まっている俺達を見て、あっさり一言「おはよう」と声を掛けると、そのまま何事もなかったかのように校舎に向かって歩いて行ってしまったのだ。
それがあまりにも自然な仕草だったものだから、俺達は何も言えず、ただその後を追うしかなくて。
追い掛ける背を見ながら思い出していたのは、二人とも同じ事だった。
前日に、初めて見せる顔で「また、明日」と言った、黒河の表情。
同時に、知っていながら気付いていなかった事実に気付いたんだと思う。
頻繁に俺達の避難所にされていた黒河。
だけど・・・俺達の避難所に、なってくれていたのだという事に。
だからこそ今なら思う。
もしかして・・・。
あの時俺達があの場所に行けたのは、黒河が「また、明日」と言ってくれたからなのではと。
本当は小心者で、周りを気にし易い俺達にとって、あの日成した事は大冒険で。
普通だったら踏み出せない一歩を、それでも踏み出せたのは明日が約束されていたからなのではないかと、そう思うのだ。
本当にそうなのかどうか、それは分からないけど・・・だけどあの時掲げた旗が今も尚掲げられているのが、俺達二人だけの力じゃないことだけは確実で。
俺達の、他人が言う所の前進を一歩もしていない関係を、何も言う事なく自然に許容してくれている、支持者の力があるからなのだ。
今ここにいる、たった一人の支持者の力。
「それより黒河。お前、立ってないで座れよ」
「・・・何処にだよ」
「何処にって別に、その辺に座ればいいじゃん」
「この本が散ばった部屋の何処に座ればいいのかって聞いてるんだよ。大体、何で本が散乱してるんだ?」
「あー、不慮の事故で」
「圭の考えなしの行動の所為で」
「・・・阿倍」
「本当の事だろ」
「べつにどっちでもいいけど。とにかく何処に座ればいいんだ?」
「じゃあ俺等の目の前で宜しく」
「それなら嵯峨、お前はその近辺の本を片付けろ。それと阿倍、お前は足を少し閉じろ」
「何で?」
「常識的に考えて当たり前のことだ。大体お前、今日スカート履いてるだろ」
「あー、実は黒河、中見たいんだろ?」
「・・・見たくもないから閉じろって言ってるんだよ」
「確かに」
「圭、殺すぞ」
呆れたような黒河の声と、本を片付けだす俺と、手にした小枝をそのままに足を閉じる阿倍。
そして三人座って他愛無い話をしたり、各々別の事をしたり・・・。
いつの間にか元の小箱に仕舞われた証しは、再び本棚の奥に隠して。
でもその仕種を見ても、黒河が何かを言う事はなく。
・・・それはいつかの俺達のように。
俺達もあの時あの場所にいた黒河に、その真意を問う事はなかった。
尤も、俺達の場合はただ単に吃驚しすぎて出来なかっただけなのだが。
ただ・・・その後、黒河が親達が騒ぎ出す前に電話をし、俺達の所在を誤魔化してくれていた事を知った後も、今現在に至るまで、結局俺達があの時の事を黒河に聞いたことはない。
それは多分、聞かなくても・・・もういいことだから。
黒河が俺達をどう思っているのか、細かい所は分からないけど、でもあの時あそこに立っていた、それが全ての答えだと思うから。
だから何も聞かないし、これからも聞く気はない。
ただ願うだけ。
出来る事なら。
「・・・ずっと」
これからも掲げた旗にしがみ付いていく俺達を、見守ってほしいと願うだけ。
せめて世界中に一人くらいには、俺達の旗が間違っていないと、そう思っていてほしいから。
「平気だよ」
「阿倍?」
「私達、もっと強くなれる」
戦い続ける分だけ、見守られた時間の分だけ、きっと。
「・・・そうだな」
俺にだけ聞こえるように小さな声で囁かれたのに、不思議なほどはっきりと聞こえる阿倍の断言は、誓いに等しく。
返した俺の言葉も、きっと同じ。
そうだ、立ち止まって何が悪い?
しがみ付いて何が悪いんだ?
踏み出した先に新しい未来が待っているのだとしても、そこに行かなくてはいけない理由が何処にある?
他人とは違う方向を向いていたって、向いた方向に向かって進むのが前進なんだ。
そう、思う。
思うから。
だから、俺達は・・・俺達は、誓うのだ。
──永遠に、この反旗を手放す事はしない、と。